8月なので、戦争関連の本を中心に読みました。
www.shinchosha.co.jp 1冊目は加藤陽子著『それでも日本人は「戦争」を選んだ』。
日清戦争から太平洋戦争までをたどり、なぜ日本が日中戦争、太平洋戦争へと進んでいったのかを見ていきます。 私は高校で理系選択だったので、近現代史の知識は、中学の社会科と高校の世界史Aの分しかありません。 それらの授業を受けた限りでは、日清・日露戦争と日中・太平洋戦争は連続して語られることはなかったと記憶しています。 しかし、この本ではその連続性に注目して話が進んでいきます。 よく、「日本は調子に乗って植民地を増やそうとしすぎたために、アメリカから叩かれた」というような図式で語られることがありますが、 必ずしもそうではない。
当時の天皇を元首とする立憲君主制を敷く帝国・日本が、何を脅威と考え、戦争を進めていったのかがわかります。 一方で、内閣と軍部が横並びに並び、それの上に天皇がのっているという体制、つまりシビリアンコントロールが効いていない体制が、 どのように軍部の独走を引き起こしたか、そしてなぜ内閣がそれを追認する形に陥っていったのかは、現代を生きる私たちが知っておくべきことでしょう。
特に私が驚いたのは、第一次世界大戦が日本に大きな影響を与えたということについてです。 日英同盟を理由に第一次世界大戦に参戦した日本は、ドイツ領であった太平洋の諸島部、中国の山東半島を占領します。 これがその後のパリ講和会議において、同じ陣営であったはずのアメリカや中国からの批判に合い、それらの国への反感を強めていく。 続く戦争への布石ができてしまったというのです。
現代に生きる我々の価値観からすれば、植民地支配というのは、支配される側の地域から不当に搾取する行為で、そのような政策に共感することはできません。 当時の日本軍の振る舞いを見ても、大東亜共栄圏や五族共和というスローガンは建前であり、決してそこに住む人々が平等に扱われてはいなかったということがわかります。 一方で、列強の新参者であった帝国・日本が感じていた脅威というものも理解は可能です。 その理解は、共感を意味しません。 その選択は誤っていたという認識を持ちながら、ではなぜその選択に至ったかを知っておくことが、次の戦争を止めるための一手になるのではないかと思います。
www.chuko.co.jp 2冊目は、猪瀬直樹著『昭和16年夏の敗戦』です。 最近、この本をオリジナルとした映画、『開戦前夜』が公開され話題となっています。史実からの改変(特に人物の性質について)もあり、映画には賛否あるのですが、 この本の記述は、事実を淡々と伝えるものとなっています。
太平洋戦争開始の直前に発足した機関、総力戦研究所に集められた若者たちが、模擬内閣をつくって戦争の推移について議論し、必敗という結論を出した。 ではなぜ日本は、負けるとわかっている戦争に突き進むことになったのか。 模擬内閣と当時の本当の内閣である東條内閣を対比させながら、そこに至るまでの道のりを見ていきます。
一冊目に引き続き、なぜ戦争に至ったかというテーマですが、こちらは太平洋戦争にフォーカスしています。 日中戦争はすでに開戦しており、石油備蓄などの物資が不足していく状況、さらにアメリカから強まる圧力を受けて、 (なし崩し的にと言ってよいと思うのですが)日本が太平洋戦争に突入してしまうという過程が詳しく書かれています。
国際情勢の把握ができていない、あるいは末端では情報をつかんでいても、それが最終意思決定の現場で活用されず、甘い見通しや先を考えないまま決定が下されてしまうという状況は、 現在の政府を見ていると他人事には思えず、ぞっとする話です。
www.iwanami.co.jp 3冊目は、大江健三郎著『ヒロシマ・ノート』です。
原爆から二十年後の広島を訪れた大江健三郎が、原爆後の広島に生きる人々に見出した威厳とは何だったのか。これは皆さんに読んでもらって、各々が答えを見つけるというのがよさそうです。
私は、恥ずかしながら昨年初めて広島を訪れ、原爆ドームや原爆資料館をまわることができました。 特に、原爆資料館で受けた衝撃は大きなものでした。教科書で読む記述と、資料館にある個人にフォーカスした記述では、受ける印象が全く違います。 この、『個人の体験の語り』というのは、記憶の継承という点でとても大事なものだと思います。 事実だけでなく、感情を含めて伝え聞くことで、より臨場感が増し、記憶に深く刻まれます。
一方で、原爆を体験した人で生きている方の人数は、どんどんと少なくなっています。 直接戦争を体験した人から話を聞けるという観点では、我々の世代は最後の世代でしょうから、この先に伝えていく責任というものを重く感じます。 そんな中で、『ヒロシマ・ノート』のように人にフォーカスした作品を読むということが、我々にできることの一つではないかと思います。
『リアリズム』を主張する人たちから、非核三原則の見直しという言葉が出てくるようになるほど、その記憶は風化してきています。 戦後80年を超えた今、もう一度当時に立ち返り、記憶を継承していく努力を続けていきたいです。
8月に読んだ戦争関連の本はこれらの3冊です。実はもう一つ、ビクトール・フランクル著『夜と霧』も読んでいるのですが、記述の生々しさから、なかなか進まない状況です。 精神が締め付けられる読書というのは、あまり経験したことがないのですが、本の力というものを感じます。 こちらも、読み終わったら感想を書きたいです。